エジプト
エジプト・アラブ共和国(アラビア語:مصر、ミスル)は、アフリカ大陸北東部と西アジアのシナイ半島にまたがるトランスコンチネンタル国家であり、北を地中海、北東をガザ地区およびイスラエル、東を紅海、南をスーダン、西をリビアに接する。5,000年以上に及ぶ記録ある文明を有する世界で最も歴史的に重要な国家の一つであり、首都カイロはアラブ世界の政治・文化・経済の中心地として機能している。
語源
英語名「エジプト(Egypt)」は古代ギリシア語の「アイギュプトス(Αἴγυπτος)」に由来し、これはさらに古代エジプト語の「フwt・カー・プタハ(ḥwt-ka-ptah)」、すなわち「プタハ神のカー(魂)の家」を意味する語に遡るとされる。この語は古代王国の初期首都であったメンフィスにあったプタハ神殿を指した。現代アラビア語名「ミスル」はセム語派に根源を持ち、歴史的にはナイル渓谷の居住地域全体を示した。エジプト人は自国をしばしば「ウンム・アッドゥニヤー(世界の母)」と呼び、古代からの文化的威信を反映している。
地理
国土面積は約1,010,408平方キロメートルで、世界第30位の規模を誇る。国土の地理的中心は、東サハラを北流して地中海に注ぐナイル川である。ナイル渓谷とデルタ地帯は国土の約4パーセントに過ぎないが、耕地のほぼすべてと人口の大部分が集中しており、居住可能面積あたりの人口密度という点で世界屈指の国となっている。
西部砂漠(リビア砂漠の一部)は国土の約3分の2を占め、大砂海、海面下133メートルまで達するカッタラ窪地、およびシワ、バハリーヤ、ファラフラ、ダフラ、ハルガの各オアシスを擁する。東部砂漠はナイル川と紅海の間に位置し、エジプト最大の鉱物資源の産地である。地理的にアジアに属するシナイ半島は険しい山地が特徴で、最高峰カトリーナ山(標高2,629メートル)がそびえる。
気候は温暖な冬と酷暑の夏を特徴とする高温砂漠気候が支配的である。地中海沿岸には少量の降雨があるが、内陸部では数年にわたり降水がないこともある。1970年に完成したアスワン・ハイ・ダムの建設は、ナイル川の年間氾濫サイクルを終わらせ、世界最大級の人造湖であるナセル湖を生み出し、同国の水理・農業形態を根本的に変えた。
歴史
古代エジプト
ナイル川の氾濫の規則性と豊かさ、および東西の砂漠による半隔絶状態は、人類最古かつ最も持続的な文明の一つの発展を可能にした。紀元前3100年頃、ナルメル王(伝統的にメネスと同一視される)が上エジプトと下エジプトを統一し、約3千年にわたって同地域を統治する王朝の連鎖を開いた。古代エジプト史は慣例的に、政治的分裂の時期を挟んで古王国、中王国、新王国に区分される。
古王国(紀元前2686年〜2181年頃)は「ピラミッドの時代」と呼ばれ、ギーザの記念碑的ピラミッド群、なかでも古代の七不思議で唯一現存するクフ王の大ピラミッドの建設が行われた。中王国(紀元前2055年〜1650年頃)には文学が花開き、交易が拡大した。新王国(紀元前1550年〜1069年頃)はエジプトの帝国としての頂点をなし、ハトシェプスト、トトメス3世、ラムセス2世、ツタンカーメンなどのファラオが、ヌビアからユーフラテス川に至るまでエジプトの勢力を拡大した。
古代エジプト文明は、文字(神官文字と神聖文字)、記念碑的建築、数学、医学、天文学において驚くべき業績を残した。マアト(宇宙の秩序)の概念と精緻な来世信仰を中心とする宗教体系は、ミイラ作りの慣行や王家の谷の墓所建設を生み出した。
ギリシア・ローマおよび中世時代
紀元前332年、アレクサンドロス大王がエジプトを征服し、アレクサンドリアを建設した。同市は著名な図書館とファロスの大灯台を擁するヘレニズム学問の中心地となった。アレクサンドロスの死後、プトレマイオス朝が約3世紀にわたりエジプトを統治し、クレオパトラ7世の治世で頂点に達した。紀元前30年にローマがエジプトを併合すると、同国はローマ帝国の穀倉地帯として機能し、キリスト教の初期拠点の一つとなった。
641年のアラブ人による征服はイスラム教とアラビア語をもたらし、エジプト社会を次第に変容させた。トゥールーン朝、ファーティマ朝、アイユーブ朝、マムルーク朝の諸王朝は、カイロをイスラム世界最大の都市の一つへと築き上げた。ファーティマ朝は970年にアズハル・モスクを建設し、これは世界最古級の大学へと発展した。1517年、オスマン帝国がエジプトを併合したが、マムルークの影響は存続した。
近現代
1798年、ナポレオン・ボナパルトの遠征軍が一時的にエジプトを占領した。フランス軍は1801年に撤退したものの、この遠征はヨーロッパのエジプト古代文物への関心を刺激し、最終的にロゼッタストーンを手がかりとしたシャンポリオンによるヒエログリフの解読へとつながった。1805年にオスマン帝国の総督に任じられたムハンマド・アリーは、事実上独立した王朝を樹立し、軍事・農業・産業の大規模な近代化を推進した。
1869年、ケディーヴ・イスマーイールの下で開通したスエズ運河は、エジプトを世界的な十字路へと変えたが、同時に外国の金融支配を強め、1882年のイギリスによる占領を招いた。エジプトは1914年に正式にイギリスの保護国となり、1922年に王国として名目上の独立を果たしたが、イギリスの影響力は依然として強大であった。ガマール・アブドゥル・ナーセル率いる自由将校団運動による1952年の革命は王政を廃止して共和国を樹立した。ナーセルは1956年にスエズ運河を国有化し、スエズ危機を引き起こすとともに、アラブナショナリズム(汎アラブ主義)の旗手となった。
1970年から1981年まで大統領を務めたアンワル・サダトは、1973年にイスラエルに対して第四次中東戦争(十月戦争)を発動した後、キャンプ・デービッド合意を締結し、1979年にシナイ半島の返還を定めた平和条約に調印した。1981年のサダト暗殺によりホスニー・ムバーラクが政権を引き継ぎ、約30年間統治した。2011年のエジプト革命(いわゆる「アラブの春」の一部)によりムバーラクは退陣し、ムハンマド・ムルシー大統領の選出と罷免を含む混乱期を経て、2014年にアブドゥルファッターフ・アッ=シーシーが大統領に就任した。
政治と行政
エジプトは半大統領制の共和国であり、大統領が国家元首兼軍の最高司令官を務め、首相が行政を統括する。一院制の人民議会(代議院)が立法権を行使する。イスラム教が国教であり、アラビア語が公用語である。行政区画は27のムハーファザ(県)に分かれている。
エジプトは国連とアラブ連盟(本部はカイロ所在)の創設メンバーであり、アフリカ連合、イスラム協力機構、非同盟運動の加盟国である。中東情勢、とりわけイスラエル・パレスチナ紛争において重要な外交的役割を果たし、アメリカ合衆国との戦略的関係を維持しつつ、中国、ロシア、湾岸諸国との関係拡大を進めている。
経済
エジプトは中東・北アフリカ地域で最大級かつ最も多様化した経済を有する。主要産業は農業、石油・天然ガス、観光、製造業、建設業、および国際航路からの通行料収入を生むスエズ運河である。主要農産物には綿花、米、小麦、サトウキビ、柑橘類が含まれる。海外で働くエジプト人からの送金は外貨獲得の重要な源となっている。
観光は国民経済の柱であり、ギーザのピラミッド、スフィンクス、ルクソール神殿とカルナック神殿、アブ・シンベル神殿、カイロの博物館(ギーザ近郊の大エジプト博物館を含む)など古代の記念碑に年間数百万人の観光客を惹きつけている。フルガダやシャルム・エル・シェイクを含む紅海リビエラのリゾート地は、ダイビングとビーチ観光の目的地である。恒常的な経済課題には、高い人口増加率、失業、インフレ、ナイル川の流量に関わる水資源不足、食料輸入への依存などがある。
人口と社会
エジプトの人口は1億700万人を超え、アラブ世界で最も人口の多い国であり、アフリカでは第3位である。エジプト人の圧倒的多数がナイル渓谷とデルタ地帯に居住しており、これらの地域の人口密度は世界最高水準にある。国民の約90パーセントはスンナ派ムスリムであり、キリスト教徒(大部分はコプト正教会所属)が約10パーセントを占める。1世紀に聖マルコに起源を持つとされるコプト教会は、最古のキリスト教教派の一つである。
エジプト・アラビア語は支配的な話し言葉の方言であり、映画・テレビ・音楽産業を通じて、地域で最も広く理解されているアラビア語の変種となっている。教育は前期中等教育段階まで義務であり、カイロ大学やアズハル大学などの機関は地域の知的生活において重要な地位を占めている。
文化
エジプト文化は、ファラオ時代、ギリシア・ローマ、イスラム、地中海の諸影響の継続的な総合体である。カイロは、サラディーンの城塞、ムハンマド・アリー・モスク、ハーン・アル=ハリーリーの中世バザールなど、豊かなイスラム建築を有することから「千のミナレットの都」と呼ばれる。歴史的カイロのほか、メンフィスとそのネクロポリス、古代テーベ、アブ・シンベル、シナイの聖カトリーナ修道院はユネスコ世界遺産に登録されている。
エジプト文学は優れた近代の伝統を誇り、1988年にノーベル文学賞を受賞したナギーブ・マフフーズ(アラビア語作家として初の受賞)がその代表例である。カイロに拠点を置くエジプト映画産業は長くアラブ映画を支配し、「東洋のハリウッド」の異名を得た。ウンム・クルスームやムハンマド・アブドゥル・ワッハーブから現代のポピュラー音楽に至るまで、エジプト音楽はアラブ世界全体の音楽的嗜好を形成してきた。国民食には、コシャリ、フール・メダメス、タアミーヤ(ファラフェル)、モロヘイヤなどがあり、ナイル川の農業的豊かさを反映している。
サッカーは最も人気のあるスポーツであり、代表チームはアフリカネイションズカップで最多となる7回の優勝を誇り、モハメド・サラーなどのスター選手は世界的な名声を得ている。
影響と意義
エジプトは世界史と現代国際関係において唯一無二の地位を占めている。古代エジプトの建築、文字、統治術、数学、医学への貢献は後世の文明の基礎を築き、今日もなお研究者と一般の双方を魅了し続けている。地上で最も古い連続的文化の一つの揺籃の地として、エジプトはアフリカ・アジア・ヨーロッパの、また古代と現代の架け橋として機能している。スエズ運河の掌握、アラブ世界における指導的地位、ナイル川の水資源の管理は、同国に恒久的な地政学的重要性を付与しており、膨大な考古学的・文化的遺産は、人類の偉大な文明の故郷の一つとしての地位を確固たるものにしている。
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